熊本地方裁判所 昭和25年(行)1号 判決
原告 立山政士
被告 熊本県知事
一、主 文
被告が熊本県鹿本郡三玉村大字蒲生字永田四百七十九番田一反四畝二十一歩につき昭和二十二年十二月二日付令書を以てなした買収処分及び売渡処分はいずれも無効であることを確認する。
原告その余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを二分し、その一宛を原告及び被告の負担とする。
二、事 実
原告の請求の趣旨及原因
(請求の趣旨)
被告が一、熊本県鹿本郡三玉村大字蒲生字永田四百七十番田七畝五歩(以下単に(い)の農地と略称する。)同所四百七十一番田九畝十六歩(以下単に(ろ)の農地と略称する。)につき昭和二十二年七月二日付、二、同所四百七十九番田一反四畝二十一歩(以下単に(は)の農地と略称する。)につき同年十二月二日付の各令書を以てなした買収処分及び売渡処分はいずれも無効であることを確認する。との判決を求める。
(請求の原因)
一、原告の主張
第一、原告の居村三玉村農地委員会は昭和二十二年五月九日その第二次計画において原告所有農地中(い)(ろ)二筆につき訴外永田寛吾申請に基く遡及買収計画を設定し其頃熊本県農地委員会の承認を受けたので、被告は右計画に基き同年七月二日付買収令書による右二筆の買収処分を行う一方、右同様県農地委員会の承認を経て同村農地委員会の売渡計画に基き右二筆の農地の売渡処分をなすに至つた。しかし乍ら原告は先に台湾巡査を奉職し同地に赴いた関係上、其際自己所有地全部の管理を実母寿キに委せておいたところ同人はそのうち同村大字蒲生字永田四百六十九番田三畝五歩(以下単に(に)の農地と略称する。)、同所四百九十六番田一畝二十九歩(以下単に(ほ)の農地と略称する。)、同所四百九十八番田二反八畝八歩(以下単に(へ)の農地と略称する。)、同所六百八十八番田一反二畝十七歩(以下単に(と)の農地と略称する。)の四筆を訴外永田寛吾に対し、原告帰国の暁には返還を受ける特約を以て耕作せしめたが、右(い)(ろ)二筆はいずれも寿キが訴外坂下光右衛門と収穫折半の約定を以て共同耕作していた。そこで原告は昭和二十一年三月二十九日ようやく帰国することを得たので、直ちに右(い)(ろ)二筆の農地の耕作者である母寿キ及坂下光右衛門の両名より之が返還を受け爾来平穏裡に耕作していたものである。即ち右二筆の農地の返還は適法且つ正当な合意解除を原因とするものである以上基準日に於ける小作地として遡及買収せらるべきでないばかりでなく、基準日当時訴外永田寛吾により耕作せられていたこともない以上同訴外人の請求を理由とし計画を設定すべきいわれは尚更ない。よつて原告は昭和二十二年五月十日同村農地委員会に対し該計画は遡及買収の要件を満たさないものとし、その除外を求むる異議を申立てたが、同月十七日却下せられ更に同月二十五日熊本県農地委員会に訴願した次第であるが、これに対しては何等の応答がなされないうちに被告より前記買収処分が行われたのである。ところで右は小作層選出委員で前記永田寛吾の実兄に当る同村農地委員会長の永田政雄が其頃擅に原告名義の訴願取下書を偽造しこれを県農地委員会に提出行使したことに基因するのであつて、右(い)(ろ)二筆の農地に対する買収処分には原告の右訴願を無視してなされたということの瑕疵の外に元々遡及買収上の要件を具備しない農地に対する買収であるという点に於ける違法と、更に何等申請権を有しない訴外永田寛吾の請求に基きなされた買収であるという点に於ける違法がある。
第二、次に同村農地委員会は昭和二十二年九月二十日その第三次計画において前記(は)の農地についても前同様訴外永田寛吾の請求に基く遡及買収計画を設定し、熊本県農地委員会の承認を受けたので被告は昭和二十二年十二月二日付令書を以て右計画に基き(は)に対する買収処分を行う一方、右同様の承認を経た同村農地委員会の売渡計画に基くこれが売渡処分をなすに至つた。ところで右(は)の農地は基準日当時原告の実母寿キにより耕作せられていたものでしかも原告が帰国後同人より返還を受け平穏裡に自作していたものである。従つてこれまた前二筆の農地に付き述べたと同一の理由により小作地として直ちに遡及買収の対象とせらるべきでなく、訴外永田寛吉の請求を理由に計画を設定すべきでもない。よつて原告は同年九月二十九日同村農地委員会に対し該計画を不服としその除外を求める異議を申立てた次第であるが、これに対してもまた何等の応答がなされなかつたのである。そうして右もまた前記永田政雄が其頃原告の提出した異議申立書の余白に擅に原告が右異議取下を承認した旨の虚偽の記載をなしこれを関係書類と共に県農地委員会に送付し、同委員会をして錯誤により前記承認をなさしめたことに基因するのである。従つて右(は)の農地に対する買収処分には之が買収計画に対する原告の異議を無視して買収処分を進めた瑕疵の外に前記(い)(ろ)二筆の農地の買収に関して述べたと同様の違法がある。
以上を要するに前記(い)(ろ)(は)三筆の農地に対する買収処分はすべて当然無効であり、これらに伴う売渡処分も亦いずれも何等国の所有に帰属しない土地につきなされた当然無効の処分と云わなければならない。よつて右各処分の無効確認を求めるため本訴請求に及んだ次第である。
二、被告の答弁に対する反駁
被告の本案前の抗弁につき
本訴が被告のなした行政処分の違法を争つて其の無効の確定を求める点に於て本質上取消訴訟と同一の性格を有するので当然該処分庁を相手となし得るものと云うべきで、本訴には何等当事者適格を誤つた違法は存しない。
本案に対する答弁に対し
原告が基準日当時在村していなかつたこと(に)(ほ)(へ)(と)(ち)五筆の農地についてその主張の買収計画が設定せられたこと及び右五筆は後に至り右計画より除外せられたことは認めるがその他の事実は否認する。即ち原告は永田寛吾より前記特約に基き小作地の返還を受けたに止まりこれに対して何等不法取上の誹を受ける筋合がない。又原告において同訴外人との間に右五筆が買収計画より除外されることを条件とし(い)(ろ)二筆の農地につき被告主張の如き交換買収の合意をなした事実もない。又右(は)の農地につき買収申出をなした事実もない。
(証拠省略)
被告の答弁の趣旨及答弁事実
(本案前の抗弁)
「原告の訴を却下する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めその理由として、原告は本訴において行政処分の無効確認を求めているけれども元々これが所謂抗告訴訟に属しないこと明瞭である以上、これに対して行政事件訴訟特例法第三条の規定の適用がないことは云うまでもない。従つて本訴においては当然行政処分による権利の帰属主体である国を以て被告とすべきであるにもかゝわらず原告は処分行政庁を以てその相手とするのであるから、本訴は正当な当事者適格を欠く違法があり当然却下せらるべきである。
(本案に対する答弁)
「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求める。
一、((い)(ろ)二筆の農地に対する関係の答弁)
原告主張事実中被告が原告所有の右二筆に対する買収計画及び売渡計画に基きその主張の買収及び売渡の各処分をなしたこと及び其間原告主張の異議及び訴願がなされたこと、並に原告がその主張の如く台湾に渡航して引揚げた者でありその間母寿キが在村し右(い)の農地を同人と訴外坂下光右衛門とが共同耕作していたこと、永田政雄が小作層選出委員で永田寛吾の実兄に当ることはいずれも認めるが、その他の点はすべて否認する。右(ろ)の農地の基準日における耕作者は坂下光右衛門のみであつたが要するに原告は基準日当時在村していなかつた者で右(い)(ろ)の二筆に対する買収処分が行われるに至つたのは次の如き経緯があつたのである。即ち原告は帰国するや否や右二筆を引上げ耕作したばかりか永田寛吾に小作せしめていた原告主張の(に)(ほ)(へ)(と)及び同村大字蒲生字永田五百七十五番の二田一畝歩(以下単に(ち)の農地と略称する。)中数筆を別段その主張の如き特約がなかつたにもかかわらず不法に取上げ耕作していた。よつて同訴外人が後日同村農地委員会に対し右返還地につき遡及買収の申請をなすに及び同委員会は右申請に基く審議をなしたのであるが、其際前記の如く原告は基準日当時在村していなかつた関係上本件(い)(ろ)二筆についても買収するのが相当であるとなし、昭和二十二年五月其の第二次買収計画に於て前記(に)(ほ)(へ)(と)の四筆に併せ右二筆の買収計画を設定したのである。ところで原告の訴願を受けた熊本県農地委員会においては事件の円満解決を計るため昭和二十二年六月中県農地委員で原告の親戚に当る中山正喜が同村農地委員会長の永田政雄を同伴し原告方を訪れ同所において原告及び訴外永田寛吾を交へ両名間の耕作関係につき斡旋調停を試みた結果、永田寛吾が右(に)(ほ)(へ)(ち)の四筆を原告に返還し且その買受権を抛棄する一方その代償として原告は前記(は)の一筆を同訴外人に耕作せしめると共にこれを解放すること及び(い)(ろ)及び(と)の農地の買収されることを一旦承諾したのであるがそれにもかゝわらず原告は其頃更に母寿キが右(と)を失うことをひどく惜んで留保を熱願していることを理由とし、更にこれが買収除外の斡旋方を同村内永田直人に依頼するに至つたから同年六月中同人方に右永田直人及び永田政雄外計九名程の世話人が参集し、永田寛吾及び寿キの代理でもある原告との間に種々斡旋調停を試みた結果、其際永田寛吾は右(と)を原告に返還しその買受権をも抛棄する代償として寿キ承諾の上その所有畑二筆を同人のために解放する旨の買収予定地交換の諒解が成立した。そこで同村農地委員会においては前記二回に亘る当事者間の話合の線に副う如く、結局前記買収計画中より(に)(ほ)(へ)(と)(ち)の五筆を除外したので、(い)(ろ)の二筆のみが其儘買収の対象として残されたのであるが、一方これに対し原告においても何等異存のある筈がなく昭和二十二年七月二十一日訴願取下書を提出するに至つた。して見れば以上の買収処分に至る経過に照し、同村農地委員会としては原告の立場を考慮しむしろ小作人の説得に努めて来たことが明かであり本件(い)(ろ)の二筆に対する買収処分及び之を訴外長迫小記に売渡した売渡処分に別段これを無効とする如き根本的な瑕疵もなければ、手続上の違法も存しないものと云わなければならない。
二、((は)の農地に対する関係の答弁)
原告主張事実中被告が原告所有の右(は)の農地につきその主張の買収及び売渡計画に基きその主張の買収及び売渡の各処分をなしたこと、原告が右買収計画につきその主張の異議を申立てたこと、右(は)の農地の基準日における耕作者が原告主張の通り原告の実母寿キであつたことは認めるがその他の事実はすべて否認する。原告は前記一に付き述べた如く中山委員等の斡旋により右(は)の農地を永田寛吾に解放する旨の前記諒解が成立したので其頃右(は)につき買収の申出をなした次第である。よつて同村農地委員会においては更めて原告の右申出を理由とする買収計画を設定した次第あり、これが以上の経緯に照し相当であることは云うまでもないところである。しかも右(は)は前記除外数筆に対する代替地の趣旨であつたことより考えると本件(は)の買収処分はその形式上において原告の申出を理由とする買収であるが、その事実上においては遡及買収処分であると云うべきである。従つて右(は)が尚遡買収上の要件を具備する以上仮にこれが右申出による処分としての要件を欠く場合においても尚右遡及買収処分としては有効であると云える。次に原告は前記の如く一旦右(は)の買収計画に異議を申立てたが、間もなくその非を覚つてこれを取下げるに至つたからこれに対し別段応答の要もなかつたのであつて本件(は)の農地の買収処分にも亦何等これを無効とすべき買収要件を欠く違法もなければ、手続上の瑕疵もない。従つて以上の経緯により右農地を永田寛吾に売渡した前記売渡処分も亦適法であることに帰する。
よつて原告の本訴請求は当然失当として棄却せられなければならない。(証拠省略)
三、理 由
一、被告の本案前の抗弁につき。
元々行政処分の無効確認を求める訴は当該行政処分それ自体の違法を攻撃してその無効の確認を求めるもので、この点において行政処分の取消変更を求める訴訟と共通の性格を有するからこれに対して行政事件訴訟特例法第三条の規定を類推し、その処分庁を被告とすることもまた妨げないと云うべきである。従つてこの点に関する被告の抗弁は理由がない。
二、本案につき。
第一((い)(ろ)の農地に対する関係)。
(一) 当事者間に争のない事実。
原告の居村三玉村農地委員会が原告所有農地中(い)(ろ)二筆につき昭和二十二年五月九日第二次計画において買収計画を設定したこと、原告が右計画に対し其の主張の日に其の主張の如き異議、訴願をしたこと、被告が右計画に基き昭和二十二年七月二日付令書を以て右二筆の買収処分及び売渡処分を了したことは当事者間に争がない。
(二) 原告が右二筆の農地の買収及び売渡処分を無効と主張する理由は(イ)三玉村農地委員会が本件農地の耕作権者でもない訴外永田寛吾の請求に基き買収計画を立てたこと、(ロ)熊本県農地委員会が原告の訴願に対し何等の裁決をしないまゝ手続を進行したこと、(ハ)本件農地は本来遡及買収上の要件を具備していないことの三点である。
(三) そこで先づ右(い)(ろ)二筆の農地に対する買収処分が果していかなる経過によりなされたものであるかを考察する。
原告は元台湾巡査で同地に於て終戦を迎へ昭和二十一年三月二十九日引揚帰国した者で、その間その実母寿キが在村し(い)の農地を同人と坂下光右衛門とで共同耕作していたことは当事者間に争がなく、証人坂下光右衛門の証言によれば、右(ろ)の農地もまた右両名により収穫折半の約定を以て耕作せられていたこと及び原告が帰国後右二筆をいずれも合意の上で返還を受け昭和二十一年六月以降これを自作していたことを認めることができる。次に公文書であるからその真正の成立が推定される乙第三号証、成立に争のない同第四号証、右四号証及び証人長迫公助(一、二回)の証言、鑑定人野中澄泉の鑑定結果により真正の成立を認める同第二号証、証人永田政雄、同立山敬治、同永田寛吾、同長迫公助(一、二回)の各証言を綜合すれば、原告はその帰国後間もなく訴外永田寛吾より同人に耕作せしめていた前記(に)(ほ)(へ)外二筆の賃貸借契約をも合意解約しその全部の返還を受けたので、後日同訴外人は同村農地委員会に対し右返還地の遡及買収申請をなしたこと、よつて同村農地委員会は一応双方の出頭を求めた上で原告の現に耕作中の(に)(ほ)(へ)(ち)の四筆はいずれもこれを原告に其儘に留保せしめる如く措置する代りに原告その余の所有地を買収するの案を示して双方間の斡旋調停を試みたこと、しかるにこれに対して原告が頑強に反対し全然右提案に応じようとしなかつたところから其頃同委員会においては右買収問題につき審議の結果、原告が前記の如く基準日当時在村していなかつたという理由で原告の母寿キが耕作していた前記(は)の農地を除き本件(い)(ろ)の二筆を含む原告所有の全農地を当然買収すべきであるとの見地において、一旦買収計画を設定公告するに至つたこと、ところが原告の前記訴願を受けた熊本県農地委員会においては当初これを理由なしとするの意見が強かつたが同委員会の中山正喜委員は右買収計画につき原告に対し酷に過ぎる傾向があるとなし、昭和二十二年六月中進んで同村に赴き実情を聴取し右事案につき同村農地委員会長の永田政雄と協議するところがあつたこと、すなわち其際同人は右永田政雄との間に原告において最も希望する場所を選んで三反四畝歩程度を保有せしめる如く買収計画より一部の除外をなし、その他を買収するよう一応の話合いができた上で、同会長を同伴し原告方を訪れ説得したのであつて、その結果原告も右取扱を了承するに至り前記買収計画より右(に)(ほ)(へ)(ち)の四筆を除外し其の代償として第三次買収計画の際前記(は)の一筆を買収することに諒解が成立した。しかるに原告及び前記寿キは前記買収予定地中(と)を惜しむの余りこれを更に除外する如くその斡旋方を同村内永田直人に依頼したので其頃同人方に私的立場であるが永田政雄を初めとする九名程の世話人が集まり右(と)の農地の小作人永田寛吾と原告間に種々斡旋調停を試みた結果、原告は其際更に右(と)の田一反二畝十七歩の返還を受け且寛吾にその買受権を抛棄して貰う代償として同訴外人耕作中の寿キ所有畑二筆をその承諾の許に同訴外人のため解放するものとする買収予定地交換の諒解が成立したこと、よつて同村農地委員会においては先に中山県農地委員よりの交渉の次第もあり、其頃原告所有地の買収問題につき再審議し以上二回に亘る協議の結果に従い原告の希望を容れて前記第二次買収計画中より結局(に)(ほ)(へ)(と)(ち)の五筆を除外し(い)(ろ)のみを残置するに至つた。一方熊本県農地委員会においては中山委員の報告に基き論議を重ねた結果、原告の前記訴願に対してはその一部を認容し一部を棄却すべきであるとの結論に到達したのであるが、具体的にいずれの農地を右認容又は棄却の対象とすべきかはむしろ現地における当事者間の協議に委せるのが相当であるとの見地から、昭和二十二年七月十五日同委員会長より同村農地委員会長宛に右方針により善処し原告よりは納得の上便宜訴願取下書を提出せしめるよう通達が発せられたので、同月二十一日頃同村農地委員会書記長迫公助は会長永田政雄の指示により原告方を訪れ、予め用意した訴願取下書を呈示しその提出方を求めたところ原告も了承の上右書面に自から捺印しこれを同書記に交付するに至つたことを認定することができる。以上の認定に反する原告本人訊問の結果は前記各証拠との対照上到底措信し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
(四) 以上認定した事実からして原告が本件買収及び売渡処分を無効なりと主張する理由を判断する。
(イ) 本件(い)(ろ)の農地に対する買収計画が何等権限のない訴外永田寛吾の請求に基き樹立されたものであるか否か。
右(い)(ろ)二筆の農地の基準日当時の耕作者は同訴外人ではなく原告の母寿キと訴外坂下光右衛門の両名であるが右二筆の買収計画は永田寛吾の申請により立てられたものではなく同人が原告所有農地で基準日当時耕作していた他の農地に対し遡及買収の申請をしたことに関連し前記村農地委員会が自発的に遡及買収計画を立てたものであることは前認定の通りであり、基準日当時原告が在村しなかつたことは原告の認めるところであるから右買収計画を立てたこと自体には何等の違法はない。
(ロ) 原告の訴願に対し県農地委員会が裁決を下さなかつたという点前認定により明かなように原告自身右訴願を取下げているので県農地委員会が之に対し裁決を下す必要がなく原告の右主張は理由がない。尤も原告は右取下書は偽造であると主張しているが之の点に関する証拠は少しもない。
(ハ) 本件買収処分が遡及買収の要件を備えているか否か。
本件(い)(ろ)二筆の農地の基準日当時の耕作者は原告の母寿キと訴外坂下光右衛門の両名で原告は昭和二十一年六月同人等と右農地の賃貸借契約を合意解除し、右二筆の返還を受け爾来原告に於て耕作していたことは前認定の通りで右解除が適法且正当であることも前記坂下証人の証言により認められる、そうだとすれば右二筆の農地は遡及買収の要件を備えていないと言えるのであるが、然し前段説示の如く本件(い)(ろ)の農地に対する買収処分は当初遡及買収の形式で発足したのではあるが前認定のような経緯により原告は結局(い)(ろ)二筆の農地の買収せらるることを承認し、前記訴願を取下げたのであつて右取下書にも明に其の趣旨の記載がなされている、即ち右(い)(ろ)二筆の農地に対する買収手続は右訴願取下を通じてなされた原告の該買収承認という意思に基き爾後当然原告の申出に基く買収に其の根拠を変更したものと解し得るので右買収が遡及買収の形式で始められた違法は之により治癒されたものと言える。
而て其の後の買収手続は前記諒解の趣旨に則り適法に進められたことは前記各証拠にてらし明かであつて結局本件(い)(ろ)二筆の農地に対する買収処分には原告主張の如き違法の点はなく之を無効とすべきいわれはない。従つて之に伴う売渡処分にも亦何等無効となるべき事由は存しない。
第二、((は)の農地に対する関係)
(一) 当事者間に争のない事実
三玉村農地委員会が原告所有の(は)の農地につき昭和二十二年九月二十日その第三次計画において買収計画を設定し、被告が同年十二月二日付各令書を以て右農地の買収処分及び売渡処分をなしたことは当事者間に争がない。
(二) そこで果して右(は)の農地につき原告より買収の申出がなされたか否か。
元来自作農創設特別措置法中改正前の第三条第五項第六号に基く買収処分は当該農地につきその所有者より市町村農地委員会に対しこれを国において買収せられたい旨の意思表示がなされた場合でなければならないことは云うまでもなく、従つて右農地委員会を構成する委員等において例え農地所有者がこれを解放しても差支ない意思を有していることを私的に了知していたとしても、このことを以て直ちに右所有者よりの申出があつたとして該買収手続を進むべきではない。しかるに原告が中山正喜委員の来訪を受けた際になした本件(は)の農地に対する前記の買収処分内諾の事実を以ては未だ原告より右(は)を指示して該買収の申出が村農地委員会に対し適法になされたものとは為し難いばかりでなく、他日同村農地委員会に対し右買収の申出がなされたことについては、被告において、その具体的な日時、場所方法等に関し何等の主張もしないし、又これを肯認するに足る証拠もない。却つて原告が後日右買収計画を知るや直ちに昭和二十二年九月二十九日同村農地委員会に対し、これを不服とする異議を申立てるに至つた当事者間に争のない事実に証人長迫公助(一回)の証言を綜合すれば、本件(は)の農地につき原告よりは書面又は口頭を以て同委員会に対し買収の申出はなされなかつたことが窺われる。
して見れば右買収処分には原告の申出に基くものとしての効力を認め難いと云わなければならない。
(三) 遡及買収としての効力を認め得るか否か。
被告は本件(は)の農地の買収が申出に基く買収としての効力を欠くとすれば遡及買収として有効であると主張しているが右農地の基準日に於ける耕作者が原告の母寿キであつたことの当事者間に争のない事実と証人永田政雄、同長迫公助(一回)の各証言を綜合して認め得る、同村農地委員会の第二次計画審議に際し、右(は)は基準日当時寿キ耕作中の故を以て一旦原告の自作地と看做された事実より考うれば本件(は)の前記買収計画設定に際し其際尚遡及買収処分としての考慮が払われた事実を認め難いのみならず、元々客観的に遡及買収上の要件を具備するものと認められないので前記(は)の農地の買収処分に右遡及買収処分としての転換による効力を認め難いと云わなければならない。
(四) そうだとすれば右(は)の農地の買収処分は爾余の点につき更に判断する迄もなく該買収上の要件を欠く瑕疵あることに帰し、従つて当然無効でありこれに伴う前記売渡処分も亦何等国の所有に帰属しない土地につきなされたものとして当然無効に帰する。しかも原告が右買収及び売渡の各処分につきこれが無効であることの即時確定を求める利益のあることは勿論である。
結び。
よつて原告の本訴請求中右(は)の農地に対する買収処分及び売渡処分の無効確認を求める部分は理由があるからこれを正当として認容するも、(い)(ろ)二筆の農地に対する買収処分及び売渡処分の無効確認を求める部分は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条を夫々適用し主文の通り判決する。
(裁判官 浦野憲雄 安仁屋賢精 松本敏男)